応募しようか悩んでいる女性へ(体験についての考え方)

今まで体験をした女性達は、応募をする時にどうしようか悩んでから応募してきてくれた子が多かったです。
中には1年近く悩んだ上で応募してくれた方もいました。

悩んでから決めるというのは悪いことではないんだけど、どれだけ悩んでもどうするか決められないという人がいるのも事実です。
なので、今回は体験についてイチがどう考えているか書いていくので応募するかしないかを決める参考にしてもらえればと思います。

この記事はブログのイチではなく実際のイチと会うことを考えてる人向けの記事のため、生身により近い口調で書いていきます。

『自分を動かすのは自分』

・イチがすることと君がすること

最初に書いたようにこの記事では実際の俺に近い話し言葉で書いていくつもりなんだけど、どうしても他人に説明したり教えるために書くものって丁寧な文章になっちゃうという長年の癖があるから中々難しいね。

だから長年イけなかったりセックスが好きじゃなかったり苦手だった女の子達やアブノーマルなことで今まで出したことのない自分をさらけ出す女の子達が、俺と話して実際にして出来るようになるのを見るたびに毎回すごいなと思ってる。

ブログも長く続けてるだけあって色々褒めてもらうことがあるんだけど、できなかったことができるようになった女の子達は俺とすることを“きっかけ”にして自分で出来るようになってるだけなんだよね。

本人達が気づいてるかは分からないけど、俺がしてるのは背中に手を当てて進む速度をアシストしてるだけだからね。
女の子本人が歩こうとしなかったら背中を押してもスピードが上がるわけがないでしょ笑

それとSM調教やアブノーマルとされる行為をしてみたいって女の子達も同じ。
痛かったり屈辱的だったり拘束されたりなんて、女の子側がろくでもない相手を選んでしまったら取り返しのつかないことになる。
だから信頼が必要といわれてるんだけど、俺はこれを信頼してるから安心できると解釈して安心が大事だと考えてる。

安心の反対は不安で、不安というのは「分からない・知らない」を理由に出てくる気持ち。

「前に嫌なことがあったから不安」というのもあるかもしれないけど、それは「今回も良いようになるか分からないから不安」なんだよね。

ちょっと脱線してしまった。

言いたかったのはそういう不安がある中で少しでも安心してできそうと考えて俺に連絡をしてるのは女の子達なわけで、自分で一歩踏み出してるってこと。

とはいっても応募時点じゃ不安もまだ大きいだろうから、やり取りしたり通話したり初めて会う時はカフェなり居酒屋なりで話すようにしてます。

すぐホテルじゃないってイチさん面倒じゃないですか?
ってたまに言われるけどこれには2つ理由があって、1つは女の子が断れる場を作るため。(事前に何か持っていったほうがいいものはありますか?と聞かれたら、会って話して嫌と思ったら断る勇気を持ってくるように言ってます)


2つめが俺のためでもある。

仕事とかの話はさておき、ちゃんと顔を合わせながら話して相手のことを知りたいし、相手に顔を合わせて話した上でもしたいと思ってもらえてる状態でしたいからね。

なぜかというと女の子の性的な悩みとか願望って体よりもが理由になってることの方が多いから。

例えばイッたことがない子ってイける状態になってるのにその感覚が未知のものだから怖くてストップかけちゃってる子がすごく多い。

アブノーマルなことも世間では認められてないことをするわけで、そんなことをして喜んだり興奮して頭おかしくなる自分を見せたら引かれるんじゃないかと思ってる子が多い。

だからこそ、この人としたいと(女の子が自分で)思ってもらえた上でするのを大事だと思ってやってきてます。


とまあここまで話してきたけど“自分で”が苦手な女の子ってやっぱり多いと思う。

だから俺がこうやって”自分で”を大事にするようになったきっかけを小話として書いていきます。

応募するにしてもしないにしても、考え方の参考にしてくれたら嬉しいかな。
ちなみに以前別の場所で書いたものだから丁寧口調なのは見逃してください。

・イチが自分でを大事にするようになったきっかけ

「天は自ら助くる者を助く」

この言葉を聞いたことはありますか?
僕を変えてくれた言葉で最も好きな言葉です。

元は英語で、
他人に頼らず、自立して努力する者には天の助けがあり、必ず幸福になるという意味。怠惰な者には、決して幸福は訪れないということ。
という訳され方をされている言葉なんですけど僕が好きな理由は違います。

ちょっと昔話をしますが僕はそこまで行動力のない人間でした。
勇気を出して何かをしなきゃならないときや新しいことをする時、なんか怖くてあーだこーだと考えてしまって結局できない理由を見つけて行動しないで終わることが多かったです。

そこで開き直れていればいいのに本心では行動したいと思ってるから毎度のように自己嫌悪するという悪循環に陥ってました。

今でこそしたいならすればいいじゃんで終わるんですけどその頃は「する」ということの敷居がものすごく高かったです。

とまあそんな性格だったんですよね笑


そんな中、本屋で何か面白そうな本はないかなと探していた時に1冊の本が目にとまりました。

「四日間の奇蹟」

映画化もされた作品です。
当時は出たばかりで、奇跡ではなく奇蹟ということや四日間の中で何があるんだろうというありきたりな理由で購入を決めました。

ストーリーについては興味ある人は読んでねということで割愛しますが、作中でヒロインのセリフにこんなものがありました。

「天は自ら助くる者を助くって言葉があるじゃないですか。
私この中の天は周りの人って思っていて、自分で何かを頑張ろうと動いていたら周りの人達も頑張ろうとしてることに気づいてくれて応援してくれたり手伝ってくれたりして背中を押してくれる。
でも何もしようとしないと何をしたいのか分からないから周りの人達もどうしたらいいのか分からないままなんですよね。
だから動くのって大事だなって。
そんな風に考えたら私この言葉が大好きになったんですよ!」

(10年以上前の記憶を思い出して書いてるので若干異なる可能性はあります)

すっごく衝撃を受けました。
なんでも自分1人の問題にして何もせずに終わるのが普通になってるけど、自分の友達が何かをしようとしたり悩んでたりしたら相談に乗ったり手伝ったりしてるよなぁ。
僕が何も動いてなきゃ友達も俺に対して何もしようがないよな笑
って当たり前だけどそんな当たり前のことが分からなかった自分に気づきました。

それ以来動くことを怖いと思わなくなりました。
もちろん緊張したりはするけどね笑

今思えば怖いというよりも動かない自分に慣れすぎて動いちゃいけないって思ってたのかもしれません。
だからこのセリフを見た時に動いてもいいよって言われたように思ったのかなって今は考えています。




どうだったかな?
あくまでも俺のきっかけだけど少しでも役に立つことを願います。

というわけで、“自分で”が大事という俺の考え方はここまでとなります。



『体験したらどうなるかという話』

次は体験したらどうなるかという話。

体験という呼び方をしてるけど、実際には「満たされるセックス・願望を出す・悩みの解消・単にイチとしたい」など女性によって意味が違います。

ただ、共通しているのは今まで出せなかった自分を出すことができたということ。
体験をする前より少なくとも2.3歩、人によっては大幅に前に進めてます。

・できなかったことの理由が分かって体験ではその理由に当てはまらないからできた
・ずっと自分の中にあったけど出してもいい時がなくて出せなかった自分を出せた
・これが普通なんだろうと思ってたことが悪い意味で普通じゃなかったことに気づいた
・想像もできたことのない感覚になって今までとは変わった

そういう自分の中で当たり前で固まってたことが溶けて歩けるようになったからなんだよね。


なんで性的なことなのにそうなるかというと、

性に関する部分も自分の一部

だから。


性的なことって特別だったり人生に関わらない別物と考えてる人がいるけど、自分の性に関する部分なんだから関係ないわけがない。
仕事や人間関係とかと同じなんだけど、それらと比べると優先順位が低いから放置してるだけでなくなることで軽くなるのも同じなんだよね。

そして悩みって繋がることも多いから性の悩みが原因で人間関係の悩みができたりもするし、性とは関係がないと思っていた心の悩みが性の部分に影響を与えてることもよくあります。

例えば最近の体験でセックスが嫌で気持ち良くもないしイッたこともない、けれど気持ちいいとセックスで思ってみたいという女性がいました。

通話をして話を聞いてみるとセックスに苦手意識がある原因が分かり、それを教えた上で少し触ってもらうと気持ちいいと感じることができました。
これってセックスそのものが原因じゃなくて他のことが原因でセックスが苦手になっていたんだよね。

でも俺と話すまでは原因に気づいてなかったから、それが当てはまらない相手かどうかという判断ができずにセックスは苦手で嫌なものという彼女の常識は変わりませんでした。

そうして彼女にとって俺がその原因に当てはまらないと分かった上で体験日まで待つ間にも、彼女は自分の変化がありました。

以下は体験後に彼女が自分を振り返って気づいたことを送ってくれたものです。
変化

こんな風にできないことができるようになったり、嫌なことが嫌じゃなくなったりすると他のことにも良い影響があるんだよね。
だからこれを見た時におめでとうと思いました。

ちなみに体験は良い結果に終わりました笑


この女性の話を見て、話をしてこれだけ変わるなら体験はいらないんじゃないか?
と思った人がいるかもしれません。

実際にこれまでの応募でも、通話をして悩みや願望の理由などを見つけて伝えると「それなら体験しなくてもなんとかなるな」と思ったのか音信不通になる方が何名かいました。
こういう人達が出るたびに心配になります。

体験って行為をすることを指すんじゃなくて、応募後のやり取りから実際に行為をするまでが体験なんだよね。

解説すると、やり取りの中で見つけたり分かったことって本人にとっては「そうかもしれない」という可能性でしかなくて、その可能性が実際に行為をする時に僕が観察しながら見つけたり教えたりして本人が思ったり感じることでやっと「自分はこうなんだ」という実感になるわけです。

やり取りの中で分かる可能性ってあくまでもその時点では俺に対してのものなんだよね。
だから「自分はこう!」という自覚がないまま違う相手としたとして、成功したらいいけどもしも良い実感が得れなかったとしたら「やっぱり私はこのままなんだ」という悪い実感をしてしまう。

そうなってしまったら自分からやめたから俺に連絡しづらいし、運良くいい相手が見つからない限りは変わらないんだよね。

これって虫歯治療に似ています。
深く根付いてた虫歯を削ってもらった時点で「もう大丈夫!」となって歯医者に行かなくなると、削った部分に詰め物もしてないし被せ物もしてないから食べカスが詰まりやすくなってまた虫歯になってしまう。
でも途中で行かなくなったから気まずくて行けない。
といった感じ。

歯医者と同じように俺もまた応募してきたら対応するけど、本人が応募してこなければ俺は何もできないんですよね。

だからこそ必要ないなと思ったらちゃんと断った方がいいです。
それを自分から伝えて終わりにすれば、その後どう変わっても気楽だからね。



『最後に応募の意味を』

さて、ここまで体験についての考え方を書いてきたけど最後は応募に触れておきます。

よく勘違いしてる人が多いんだけど、応募=体験確定ではないです。
もちろんそれでいいのなら俺としては構わないのだけど、応募は体験するかどうかを俺とやり取りをして決めたいということだからね。

どういうこと?ってなった人ってもいるかもしれないからお店に例えてみようか。


まず、イチという名前の店があります。


このブログは店がどんなことをしているか説明をする看板みたいなものです。


その看板を見て、「あ、この店でしてることって私もしたいかも…。中に入って話をしてみよう」とドアを開けて中に入るのが応募です。


中に入り、店員と向かい合わせで座りながら自分がしたいことやなりたいことや悩みなど色々と話をしていくのが事前のやり取りです。


そうして話をしていき、自分もしたいと決めたら奥の部屋に移動するのが体験を決めるということです。


とまあこんな感じです。

やり取りや行為としての体験はもちろん大事とはいえ、これって応募をしなければ存在しないからね。
最初に俺は背中を押すと言ったけど、ドアを開けて一歩踏み入れるのは自分だけの力でするしかないのさ。

だからこそ、一番大事なのはその一歩だと俺は思っています。




これを読んだことで、君の足が少しでも軽くなれば幸いです。

壱ノ慈


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